セミナー・学会参加レポート

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不妊治療の多様なニーズに応えるために―第28回日本IVF学会学術集会を総合司会として振り返って―

不妊治療の多様なニーズに応えるために―第28回日本IVF学会学術集会を総合司会として振り返って―

10月の沖縄は、すっかり秋めいた東京とは異なり、まだ夏真っ盛りの暑さでした。その明るい空気の中で、第28回日本IVF学会学術集会が開催されました。
今回の学会で大会長を勤められた、医療法人 杏月会 空の森クリニックの德永義光理事長は、にしたんARTクリニック品川院の末永院長と大学の同期というご縁もあり、今回の学会テーマ「境界と選択」のもと、いつも以上に温かい空気を感じながら参加することができました。
第28回日本IVF学会学術集会は、最先端の議論が交わされる場であると同時に、会場のムードや参加者の姿勢から、その学会の“温度”を感じ取ることができる場でもあります。今回の沖縄開催は、まさにその空気感が印象的でしたが、学会全体にはどこか温かな雰囲気が漂っていたように感じます。
私自身も20年以上にわたり、生殖医療に関する数多くの学会で総合司会を担当してきました。本学会でも多くの先生方の熱意と研究成果に触れ、深い学びの時間となりました。

第28回日本IVF学会学術集会から見る、生殖補助医療の「現在地」

今回の第28回日本IVF学会学術集会in沖縄は2025年10月11日と12日の二日間に渡り、那覇市のホテルコレクティブにて執り行われました。会場には国内外から生殖医療の専門家が多数集まり、ART領域での最新の知見や臨床の課題について、活発な議論が行われました。
2022年に不妊治療が保険診療化されたことによって、ART治療の門戸は大きく広がり、治療を希望される患者さまは確実に増加しています。しかしその一方で、難治性不妊においては、保険診療の制約の中では十分な治療が行えず、治療回数の上限に達してしまうケースがあることも現場での大きな課題です。そのため、保険診療の制度と患者さまのニーズをいかに調和させるかは、引き続き議論が求められていると感じました。

4つのシンポジウムと、未来を拓く新たな視点

今回の学術集会では、生殖医療を取り巻く多様なテーマに焦点を当てた4つのシンポジウムが企画されました。

  • 世界のART・日本のART
  • CAPA–IVM
  • プレコンセプションケア
  • 子どものいないカップルへの対応

これらはいずれも、今後のARTを考えるうえで欠かせない視点を提供する内容であり、技術面・社会的背景・心理的支援といった複数の軸がバランスよく含まれていました。
また、教育講演では、ミトコンドリア機能の改善を通じて胚の発育を促す可能性がある「ミトコンドリア移植」が紹介されました。難治性不妊に対する新たなアプローチとして、今後の研究の進展が期待されており、会場の関心も非常に高いものでした。生殖医療は基礎研究と臨床が密接に結びつく領域であるため、こうした新しい科学的知見が今後どのように臨床に活かされていくのか、引き続き見守りたいと思います。

にしたんARTクリニックのカウンセラーとして、特に心を揺さぶられたセッション

シンポジウムの中で、私が強く心を動かされたのは「子どものいないカップルへの対応」に関するセッションでした。
生殖補助医療の技術は年々進歩し、妊娠率や生児獲得率も確実に向上しています。しかし、どれほど医療が発達しても、すべての患者さまが望む結果にたどり着けるわけではありません。
治療を重ねても妊娠に至らず、治療終結を迎える患者さまが直面する“あいまいな喪失(Ambiguous loss)”は、その喪失自体があいまいで不確実であるがゆえに、終わりのない悲しみのために前に進むことが困難になってしまうという特徴があります。
このかたちのない喪失(境界線の不明確な喪失体験)は、女性には抑うつや不安といった情緒面の揺らぎとして現れることが多く、男性から見れば努力不足と捉えられてしまうような不十分感や、周囲から取り残されていく感覚、いわば社会的孤立感へとつながることが報告されています。不安や孤立感の表出の仕方が異なるため、同じ夫婦であっても互いの苦しさが共有されにくく、夫婦間の関係性に影響する場合がある点も臨床的に重要なポイントです。
こうした背景を踏まえると、医療者に求められる役割は単に“治療成績を上げること”だけではなく、治療を続ける中で患者さまが抱く期待と不安、そしていつか訪れるかもしれない「治療終結の場面での戸惑いや痛みにどのように寄り添うか」その心理的ケアこそ、ART医療に不可欠な要素であると、今回のセッションを通してあらためて思いました。
そして、にしたんARTクリニックとしても全ての院の全てのスタッフが、しっかりと患者さまに寄り添ってサポートしていけるよう、努めていかなければならないと強く感じました。

にしたんARTクリニック品川院 末永院長の発表

にしたんARTクリニック品川院からは、末永院長による「E2管理のあり方を考える BT胚移植成績の検討」の発表がありました。BT胚移植におけるE2(エストラジオール)値の管理は、内膜環境や妊娠率に影響を与える重要な要素であり、実臨床に直結するテーマとして多くの参加者の関心を集めていました。
こちらに末永院長の発表をダイジェストで紹介させていただきます。

長期HRTの“安全域”を再定義─E2評価が産科合併症解明への扉を開く(末永院長記)

にしたんARTクリニックでは、ホルモン補充周期(HRT)において比較的長いエストロゲン投与期間を採用しています。この点は、管理しやすさや臨床的な再現性の面で利点がある一方、近年ではHRT周期が癒着胎盤など産科合併症と関連する可能性が指摘され、プロトコールの是非が議論されてきました。そこで今回、当院の特色でもある「E2投与期間の長さ」と「移植決定時E2濃度」が妊娠転帰にどのように影響しているのかを明らかにするため、凍結胚盤胞1個移植563周期を対象に解析を行いました。
その結果、全年齢層でE2値と妊娠率・流産率の間に有意な差は認められず、特にE2が2000pg/mL未満の症例では妊娠成立に悪影響を及ぼさないことが明確になりました。E2が2000pg/mLを超える一部症例で妊娠率の低下傾向がみられたものの、統計学的有意差は認められず、臨床的注意点として位置づけられるものに留まりました。また、多変量解析では妊娠転帰に大きく寄与した因子は「年齢」と「胚の質」であり、E2は独立した影響因子とはなりませんでした。
これらの結果から、にしたんARTクリニックが従来から行ってきた比較的長期のHRTプロトコールは妥当であり、少なくとも妊娠率・流産率の観点からは安全域にあることが裏付けられました。さらに今回の検討は、HRT周期の議論が単に妊娠成績だけでなく、今後、癒着胎盤をはじめとした産科合併症の成因解明に向けて、どのホルモン環境がリスクを規定するのかを探るための重要な手がかりになる点でも大きな意義を持っています。今回の発表は学会関係者からも高い関心を集め、当院の取り組みがホルモン補充周期の理解と改善に寄与するものとして評価されました。にしたんARTクリニックは今後も、生産率および産科的安全性の両面から、さらに精密な研究を進めてまいります。

技術革新と心理的ケアの両輪で支える医療

今回の第28回日本IVF学会学術集会を通じて感じたことは、不妊治療は“医療技術”と“心理的支援”の両輪で成り立っている医療だということです。
治療の選択肢が広がり、技術が進歩するほどに、患者さまが抱える期待も大きくなります。しかし、どれほど技術が進歩しても、すべての治療が患者さまの望む結果につながるわけではないという現実があります。患者さまが抱く期待と不安、治療終結を迎える際の戸惑いや心の痛みを、私たち医療従事者がしっかりとケアすることの大切さを再確認しました。
また、学会の場では、全国の医療機関や研究者の方々と意見を交わすことができ、多様な価値観やアプローチがあることをあらためて実感しました。生殖医療は患者さま一人ひとりの背景が異なるため、「絶対的な正解」が存在しない領域でもあります。その中で医療者ができることは、患者さまの状況に合わせて最善の選択肢を探り、丁寧に寄り添いながら伴走していくことだと思いました。
にしたんARTクリニックでは、これからも患者さまに寄り添いながら、技術と心の両面から質の高い医療を提供できるよう努めてまいります。そして、今回の学会で得られた知見を、日々の診療や患者さまへのサポートにしっかりと活かしていきたいと考えています。

執筆者
にしたんARTクリニック品川院 カウンセラー
望月志保

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